桜花荘の一千一夜   第1話 すべての、始まり





祖父が倒れた。

 

担任からそう聞いたとき、椎名真琴は高校の授業の最中だったのだが、そのままその担任に教室から連れ出された

 

―――いつも元気だった祖父が、倒れた?

 

状況がうまく把握出来ず、半ば混乱しながら担任が出してくれた車で病院へと向かった。

病院へ向かい、状況を担任が尋ねると手術中とのことを聞かされた。真琴は半狂乱になって祖父は大丈夫なのかと状況を説明してくれた看護師に問うが、その答えが返ってくることはなかった。

 

そしてそのまま、祖父が死に通夜や告別式など、流れるようにして時は過ぎ去っていった。遺産の相続等の法的問題は司法書士である伯父に任せ、真琴は祖父の遺品の整理をしていたのだった。

「不必要なものは捨てろ。あるだけ無駄だ」伯父はそう言っていたのだが、真琴にとってはどれも祖父との思い出のものばかりなので、どれを捨てるのか迷っていた。

 

真琴の両親は幼い頃に蒸発して、それから親戚にたらい回しにされ、最終的には母方の祖父に引き取られたのだった。祖父は実の父親のように時には優しく、そして厳しく育ててくれた。まさに真琴にとって祖父はかけがえのない存在だったのだ。ゆえにその祖父が死んでしまったことを受け入れられない。否、受け入れたくなかったのだった。

しかし、現実は真琴に嫌というほど降りかかる。祖父は残した遺言書に、「遺産は全て真琴に相続させる」と書いていた。それを知った親戚達は、今まで真琴をたらい回しした事を顧みず、図々しくも、今まで自分たちがしてきた所業を黙殺するかのように手のひらを返したような丁寧な態度で、そして遠まわしに言い寄ってくる。

その度に真琴は、祖父が死んだことを痛感せずにはいられなくなるのだ。無論真琴は、その金の亡者達に祖父の残したお金を譲るつもりは更々ない。それをわかっていながらも、一縷の希望にすがりつくかのように何度も何度も寄ってくる親戚達が嫌でたまらなかった。それを見かねた伯父が、司法書士の地位を利用し警告をしてからはめっきり減ったのだが、未だに伯父に悟られないよう電話などで接触を図ろうとする親戚がいる。その事を何度か伯父に話そうとはしたが、相談したらあの伯父の事だ、「馬鹿は無視するに限る」と言ってのけるだろう。だが真琴にそんな度量はないので、いつも説得を聞かせられ続けるのだった。

 

そして半分ほど整理を終わらせ一息ついていると、着信音が室内に響き渡る。また遺産の話かな。嫌だなあと思いながらも出るべきか、はたまたそのまま無視するべきか判断に迷っていた。だが時間は待ってくれず、その間にも着信音から、昔祖父に嫌々留守番メッセージを吹き込まされた、幼い頃の椎名の声が自動再生し始めた。

 

「はい、椎名です。ただいま留守にしております。ご用件のある方は―――」

『もしもし、入居者募集の広告を見てお電話したん…って留守?おーい、誰かいませんか?』

声の主はそれに気付かず話を進めようとしていたが、でもさすがに一方的に話を進める自動再生に気付き、若干あせったような声使いになる。声から判断してどうやら女性のようだ。電話の内容から、真琴の親戚ではないようだ。入居者募集の言葉が気になりながらもそのまま真琴は出ずにいた。

「―――ファックスの方は送信ボタンを押してください。ではメッセージをどうぞ」

『え?あっあの黒川と申します。今回は入居者募集の案内をみてお電話しました。またかけるので、そのとき詳しくお話を聞かせてください。では、失礼します』

 

何度も入居者募集と言っていたのは気になったが、間違い電話かな、と思い真琴は祖父の遺品の整理を再開する。それにしても真琴が見てきた祖父の姿からは想像のつかない品々がたくさん出てくる。ぶらさがる事により慎重を伸ばすことができる夢の器具、ぶらぶらと振るうことにより好きな場所に筋肉をつけることができるやたら長く薄っぺらい板でできた夢の器具、ぴらみっどぱわーとかいう幸せになれるありがたい力が湧き出ている三角錐の夢の置物。他にも蒸気の力で全ての汚れを落とせる最強の清掃器具などがあるが、これらの夢の島状態の宝の山の奥周辺だけ妙に何もないことに気付く。ふと気になりそこへと向かおうとするが、このままでは途中で大崩落を起こし、そのまま遭難する危険があったので、仕方なく片づけを続行することにした。

 

それから数時間、もう日が暮れ始めているのか、部屋が薄く赤色に染まってきた。6時を知らせる放送が流れているのが聞こえる。その頃になるとようやくほぼ全ての片づけを終え、先ほど気になっていた所まで行くことができた。

そこには壁に立てかけてある名品の贋作と思しき巻物が飾ってあるものしか確認が出来ない。それだけなのかと、何かすごいものでもあるのかと期待していた分、真琴は落胆し、がっくりと頭を垂れる。すると、整理の時は箪笥の陰になっていて見えなかった部分に紫の袋に入った何か細長いものが見えた。なんだろうか、とやるせなさと軽い期待を持ちながら手を伸ばす、するとあっけなくそれは真琴の手に収まった。開け口に軽く結んであった紐を解き、中身を取り出す。どうやら日本刀のようだ。そういえば過去に何度かこの刀が気になり、祖父に触らせてもらうように頼んだことがあったっけ。何故だか知らないけど、そのたびに同じ話を聞かされてたんだよな。と、昔のことを思い出す。

 

「いいかい真琴、これはね長谷部国重という大事な刀なんだよ、いずれお前がこれ抜くときが来るだろう。その時がお前の経験する試練の始まりなんだよ、それを乗り越えたとき、お前はどんな人間になるだろうね」

 

「長谷部…国重、か」

真琴は祖父の言葉を思い出しながら、自然に刀を抜き始める。おぼつかなく頼りなくもあるが、刀は確実に鞘からゆっくりと抜けて行く。が、途中で動きが止まる、何度か抜こうとしたが、刀はいくら力を入れようとも完全に抜けることはなかった。諦めて刀を戻し、元あった袋に入れようとした時に、足元に紙切れが落ちていることに気付く。どうやら刀を取ったときに一緒に入っていたもののようだ。その紙切れに年数の経過によるしみや変色がなかった事から、割と近い間に入っていた様子だった。

早速真琴は破かないように慎重に開く。するとそこには「仏壇の菩薩像の中」記されていた。

 

不審に思いながらも取り敢えず刀を元の場所に戻し、隣の部屋の仏壇へと向かう。そこにはお坊さんが見たら発狂しそうなぐらい罰当たりな猫の顔のお面をつけている菩薩様の像(1m50cm40kg)がある。それをひっくり返したりして「中」の入り口を探すが見つからない、結局あの紙は何でもなかったのではと軽く後悔しながら、冗談半分で猫のお面を外すと、本来あるはずの顔の代わりに小さな引き戸があった。ちょっとした宝探し気分でその引き戸も開けてみると、今度は暴走族の格好をした猫の免許証が貼り付けてあった。呆れながらそれを剥がすと、その免許証の裏に四つ折の紙が貼り付けある。今度は何だと思いながら開くとそこにはこう書かれていた。

 

 

真琴、遺産の相続のことは知っていると思う。だが、それ以外にひとつ相続してほしいものがある。それは小さなアパートなんだが、そこの管理人を勤めてほしい。学校へは退学届けをすでにあいつが提出してある、わしの死後に提出するように告げていたからな。それと、この家は引き払うことになっている。9月○○日までにアパートの方へ引っ越しなさい、住所は下のほうに書いてあるから。管理人とはいってもそこまで難しい仕事はないだろうからお前でも出来るはずだ。それとさっきの刀を持って行きなさい、いずれ役に立つときが来るだろうから。それでは任せたよ。

 

 

美月町赤瀬郷××‐×

桜花荘101号室

 

「…」

思考停止状態がしばらく続いたが、しばらくして一言

「はぁ―――――っっ!?」

 

 

こうして、真琴の日常は新たな日常へと歩みだすのだった。

 

次回予告

 

困惑しながらも、今起きている現状を認識しようとする真琴。

しかし桜花荘の入居希望の電話が、真琴を更なる混乱へと誘う。

 

「まったく…どいつもこいつも」

 

次回「遺言の真意と」

 

お楽しみにっ



第2話

戻る