高祖家/客間
宮前 香織 数日前/15時36分28秒
「――――と言うわけで、今年は取り止めて頂きたい」
襖を1つ隔てた先から祖母であるシヅ子の声が聞こえる、占術の結果を報告に来たのだが、まだ巫女では無い香織は話を聞くことすら出来ない。だが、防音設備に優れているわけでも無いので隣の部屋の会話など殆ど筒抜けなのだ。
「事情はわかった。だが今更取り止めるつもりは微塵もない、第一そうなる原因はわかっておらぬのだろう?しかもこの島の命綱である漁業の不振が続いておる、それを払拭する為にも重要な事なのだよ」
どうやら揉めているらしい。この屋敷の主であり、この島の大地主の高祖宗蔵がシヅ子に食い掛かっている。
「…わかりました、何があっても知りませんぞ?」
「その話が実現したら、その時はそのときだ。そんな事より――――」
シヅ子が脅かす様に言うが、宗蔵は「そんな事」で片付け、別の話を切り出そうとする。
「一臣さんと家の香織を結婚させろ…と?前にも言ったはずです、巫女は生涯誰とも関係を持たない。と」
あたかも、前から準備していた台詞を読むような口調で宗蔵の意見を切り捨てる。この家に来る度に同じような事を言われ慣れているからだ。
「またあの話。あたしはあんなヤツとは絶対結婚したくないのに」
香織が呆れながら愚痴をこぼす。曰く、性格が妙に良すぎるだとか、表裏の差が激しいだとか、数え上げればきりが無いぐらいの数の雑言を言っていると。
「散々な言われ様ですね」
と、その雑言の矛先である一臣が姿を表した。
「あ、アンタ何時からいたの?」
「そうですね、確か『あんなやつとは絶対結婚したくない〜』辺りからだったかと。僕は本気です、君をを手にいれる為にはどんな事でもします」
気まずそうに尋ねる香織に対し、淡々と口説く。
「しきたりで決まってるんだからどっちみちアンタとは結婚できないのよ。残念だったわね」
「古い考えなんて捨て去って新しいのを取り入れる。それが自然の摂理だと思いませんか?」
香織にとっては屋敷に来ると毎回と言っていいほど起こるイベントなので、慣れた感じで喋っているが内心は話すらしたくもない。一臣がこの島の跡取り息子と言う立場上、遠慮せざるを得ない状況だから我慢しているのである。
「そういえば文哉さんは?」
香織は、これ以上話し合うに値しない結婚の話からそらす為に、敢えて関係の無い質問を投げかける。
「君は僕なんかより、文哉のほうが好きなんですか?」
「どうしてそっちに持っていくの。ただ気になったから聞いてみただけよ」
「そうですか、ならいいんですけど。確か文哉は自室にいたと思いますよ。なんなら呼んできましょうか?」
香織の問いに微かな疑問を感じながら一臣が返答する。
「その必要はないわ。ま、その話は置いといて、まだ話は終わらないの?いつもならとっくの昔に終わってる筈なんだけど」
「忘れていました、報告が終わった事を教えに来たんですよ」
香織が一臣に問いかけると、一臣は思い出したかのように答える。
「なんでそんな肝心な事を忘れるのよ、じゃあ帰るから」
「暇な時はいつでも来るといいでしょう、どうせ君の家になりますからね」
「誰がアンタなんかの嫁になるもんか!」と言わんばかりの形相で睨みつけるが、まったく利いていない。見た目とは裏腹に少し鈍いところがあるのかもしれない。
「で、おばあちゃんはもう玄関に?」
「えぇ、多分待ちくたびれているんじゃないかと」
「んもぅ」香織が軽く憤慨しながら今の部屋から出ようとしたが、
「どこだっけ?無駄に広いからこの家って、まだ覚えきれて無いのよ」
玄関へのルートを思い出せず、少しはにかみながら一臣に尋ねる。
「君のそういうところが可愛いいんですよ、じゃあ僕が案内しますので」
さり気なく凄い事を言いながら香織を玄関へと誘導した。
「香織、遅かったじゃないかい。どうしたんだい?」
「一臣さんと話してたら少し長引いてしまって。ごめんなさい」
シヅ子が聞くと、仄かに顔を赤く染めている香織が俯いて答えた。
「どうだ香織ちゃん。家の一臣と結婚する気にはならんか?かなりお似合いに見えるのだが」
「残念ですけど、しきたりで決まってますので」
懲りない宗蔵の話に、先程一臣に見せていたのとは180度違う態度で丁重に断った。
「それでは失礼します。次の占術は、3ヵ月後ですね。そのときにまたお伺いしますので」
「あぁ、それと原因を突き止められたら報告してくれ」
互いに軽く会釈して、香織たちはその場を後にした。
ははさま
「母様、今度何かあるんですか?」
約600m先の家まで歩きながら、報告があった時の最初から気になっていた事を尋ねる。
「将来巫女となる身として、最低限覚えておかなければならない事を忘れたのかい?御岬廻りだよ、おさきまわり」
「――ッッそうでしたね。すいません」
香織は心底申し訳なさそうに謝った。
「そう言えば屋敷でまた高祖家の跡取り息子と仲睦まじく話してたそうじゃないか。言っておくけど、結婚は出来ませんからね。それが我が宮前家のしきたりなんですから」
「わかってます、高祖家の人間は特に好きじゃないですから」
毎度の台詞に毎度の台詞をかえす香織は思うのだった、こんな他愛も無い日常が永遠に続くんじゃないかと。