この最先端科学時代においても、今も尚呪いや伝承等といった非現実的なものに興じてる輩が居る。
柘植は口にくわえたタバコをふかしながら遠方の海岸を見つめていた。
------実に興味深い。
それは俗に神として大衆に崇められている何かなのだろうが、柘植にとっては実に滑稽なものではあった。
海岸の淵に集められた五人の男達は、お互いの視線を決して交わす事は無く、ただ虚ろな目付きでいるばかりであった。その内数人は開けられた口から何かぼそぼそとこぼしているのが遠方からながらも確認できた。
狂気だ。柘植は首を傾げつつ、タバコの灰を風に乗せ、水場に飛ばした。
しかし、もし裏で巨大な何かの力が働いているのならば、必要と在ればそれを利用しない手立てはないであろうともつくづく思うのである。彼は無神論者であったが、人知を超える不可視的な強大な力の存在と言うものを何らか感じ取っていた。そして今現在の彼にとっては、これから自分が成し遂げる偉業が今後の人類の更なる繁栄と理知の拡張に大いに貢献すると自負していたのである。柘植はにやりとし口にしていたタバコを防波堤の上から放り投げ、その忌まわしい宗教儀式が行われている浜を背にしてその場を立ち去り、二人の部下を待たせた島の北端の、この人気のない島の中でも一際人気の無い場所へと足を運び始めた。彼の背後で海辺特有の風音が、低音の金管楽器のような音色を奏で、不気味な不調和音を生み出した。
心持、空を覆う積雲の動きが激しくなっているようにも見える。
旧日本軍測量班駐屯地/防空壕内
吾平 正希 前日/19時31分43秒
木々の間から海岸より響く波音が拡散して反響した。そしてそれはまた雑木林の奥に位置する洞穴の内部にも飛び込んできた。先刻持ち込んだ棺桶のような大きな箱を二つの人影が引き摺っており、ふとその入り口より響いてきた死霊の呼び声に身をたじろがせた。近城はすぐに作業に戻ったが、吾平はしばし入り口の方に気をとられていた。近城はその大きな木製箱の蓋の南京錠をこじ開け、蓋を開放させた。すると、その音に反応するかのように吾平が箱の中に目を移した。吾平は目をまん丸にさせ、その箱の中身を凝視した。棺桶の中には大量の銃火器が入っていたからである。光学照準器の付いた八九式自動小銃に、九ミリ機関拳銃、自動拳銃が数丁に、手榴弾数発にパラトルーパーナイフ(第二次世界大戦中に旧ドイツ軍の落下傘部隊が携行していた折りたたみ式の紐きり用ナイフ)、それから見たことのないような代物の数々であった。
------俺の小銃に弾倉が数本。それから拳銃が二挺。九ミリ機関拳銃に弾倉数本…これはお前のだ。
吾平はその拳銃を少し大型化したような火器を手渡されると、銃身の横に装着されている懐中電灯を二度三度点灯させると、弾丸の装填されてない状態で初弾装填ボルトを軽く引き、手に馴染ませた。一息つくと吾平は作業を続けている近城の横に並び、そっと箱の中の物品に手を伸ばした。ペットボトルのような奇妙な形状をしたクロム光沢を放つ手榴弾のような武器に、もう一つは縄文土器のような形状をした焼き物の人形。
彼はその奇妙な土人形を手に取り、L字懐中電灯の光源の下、真横で作業に没頭している近状に横目で尋ねた。
------先輩。これはなんですかぁ?
------あのお偉いさんは、あまり言及されるのは好まないそうだ。まぁ、現代科学の集大成ってとこか・・・。
どうにもはぐらかす様な口調で吾平の手からその埴輪にもよく似た焼き物を取り上げた。吾平は苦言そうな顔付きで、すぐさま作業に戻った近城の横顔を見ていた。近城が横目で吾平の事を恰も悪戯をした生徒を叱る小学校の年嵩教員のような目付きで見ていたので尚更であった。吾平は不服そうな表情を浮かべ、箱の中からパラトルーパーナイフを取上げ、軽く刃を開閉させてから野戦用ブーツの側面のナイフホルダーに忍ばせた。そして機関拳銃用の二十五連弾倉数本をレッグポーチに押し込み、機関拳銃を右手に持ち直した。始終、吾平は近城の顔を見続けていた。先刻あの奇妙な土人形をいじろうとしたのを彼が目の当たりにしてからどうも彼の挙動が変化しているのに気づいたからである。
------手榴弾は持っていかなくてもいいか・・・ああ、吾平。一応拳銃も持っていけ。CQB(室内近接戦)の可能性もある。
吾平は軽く彼の方に頷くと、箱の中から自動拳銃を取り出し、ノースリーブのファスナーを開き、防弾チョッキ側面についているホルスターにそれを差し込んだ。そして彼は手近にある岩の上に座ると、近城の作業が終わるのを待つことにした。近城は、ひときわ大きな自動小銃を抱え上げ、手馴れた手付きで大きな弾倉を叩き込み、光学照準器を調整し、腰だめから頬付けまで構えを繰り出し、光学照準器で洞窟の一角に狙いをつけた。小銃をベルトで肩に下げ、やはり予備の弾倉を数本防弾服の側面のポケットに詰めた。どんなもんだ、後輩よ。そう言いたげに近城は小銃の銃口が吾平の方へ向いたり等しないように軽く彼に構えて見せた。吾平は少年のような半笑いを浮かべ、アルビノの肌と対照的なほどに赤い舌をちょろっと出して見せた。
機関拳銃を膝の上に乗せ、岩場に座り込み上目遣いでこちらを見ている吾平が妙に動物的に映った。近城はそのガラス繊維の髪の毛を片手でぐしゃぐしゃにした。吾平はその手を払いのけようとしたが、実に楽しそうな表情を浮かべていた。少年のような無邪気な表情を浮かべる吾平をしばし近城は見つめていた。
------や、やめてくださいよぉ。あははは。
ふと、近城はその手を吾平の頭から離し、急にその表情を豹変させた。吾平はまだ笑い声を上げていた。吾平のほうも彼の突然の変化を察したらしく、笑い声を止めきょとんとした顔で近城の顔を見上げた。近城は虚ろな表情のまま地面に座り込み、顔を両手で覆った。神妙そうな表情で吾平が彼を見つめていると彼はぎこちない動きで顔を上げ、箱の中から吾平のと同型の拳銃を取り出し、ホルスターに収めた。吾平は確かに、近城が武器弾薬箱から顔を上げる時に、彼の目に涙が浮かべられているのをはっきりと見た。しかしながら彼はそれについては言及しないこととした。恐らく今の彼にそれを聞いても答えることはないと判断したからである。個人の情緒か、あるいはもっと別に原因があるのかわからないが、おそらく吾平の知る由ではない何かであろう。彼はこちらに顔を向けぬまま、洞窟の入り口の方へと足を運び始めた。
------もうじきあのお偉いさんが戻ってくる。作戦開始は2100時だ。ちょっと外を見てくる。
その声を聞いた吾平は少しばかり胸をなでおろした。先ほどまでの彼の挙動に少なからず懸念していた故、その毅然とした職業に相応しい一言に安心を取り戻したのである。しかし、洞窟の外に消えていく近城の後姿がまるで化け物の口腔に飲まれていく、古代ギリシャ神話のユリシス神を慕う若者として投影されているようでもあった。