小字浦郷
浅田 寛人 2日前/19時45分41秒
彼が人を見つけたときには、もうすっかり日も落ちて辺りが暗くなっていた。
「人だ、こんな夜に何のために出歩いてるのだろう?」
30代半ばくらいの男性だろうか、自分と風貌が近い感じなのでそう思った。
不思議に思いながらも、島の「奇妙な風習」について尋ねてみることにした。
「あの、すいませ・・・」
その男は振り返りこちらを見て何も答えずにまた歩き始めた。
―――男の顔に生気が無い・・・・
その顔は青白く生きた人間とは思えないほど絶望に満ち溢れ、まるで何かに怯えているような顔をしていた。
―――おかしい・・何かがおかしいぞ
不安に思いながらも後をつけてみることにした、なにしろこれが、水哭島の奇祭の手掛かりかもしれないのだから・・・
10分ほど後をつけると、神社のようなところに辿り着いた。
島の民謡だろうか、太鼓の音と笛の音が聞こえてくる。
普通の祭りとなんら変わらないじゃないか、大したこと無かったな・・・
そう思いながら社へと続く階段を上っている人達を見てその考えは変わった。
―――何だ?この重苦しい空気は、しかも女性の姿が見当たらない
まるで葬式のような空気じゃないか・・・、いったいどうなっているんだ?
「やっぱりこの島には何かあるぞ。ここに来て正解だったな」
浅田は舌なめずりをして階段を駆け上り、社の横の境内に身を潜めた。
―――しかし、すごい雰囲気だな
境内に集まったほとんどの人がさっき会った男と同じ表情をしていた。
―――いったい何が始まるんだろうか、祭りのようだけど雰囲気がおかしい・・それにこの社の後ろにあるのは何だろうか。社の形をしているので上社殿だろうか
下社殿と上社殿は長い廊下で結ばれており見たところ上社殿は山の中腹にある。
―――すごい建物だな、今まで見たことも無い。それにしても、何が始まるんだろうか・・・
何が始まるのかを待ちわびていたときに社から袴すがたの一人の男が現れた。
「高祖宗蔵様に一礼!」
後ろについているボディガードのような男が言った。
―――どうやら始まったようだ、さて何が起こるんだ・・・
宗蔵が咳払いをして何か喋りだすようだ。
「さて、5年ぶりに御岬廻りで豊漁を願う時期がやってきた。皆も知っているかと思うがワシの矢で矢当雄(やとう)を選んで、豊漁を願いたいと思う」
―――矢当雄・・・何のことだろうか、選ぶと言っていたので選抜者のことだろうか・・
宗蔵は御岬廻りの詳細について話し始めた。
「知っているものもいるだろうが御岬廻りは羽鳥岬からスタートして、そこから西に泳ぎ一番近い到着点は御来ヶ浜しか無い。分かっていると思うが逃げようと思っても無駄だからな、羽鳥岬から御来ヶ浜は断崖絶壁が続き上がる場所など無いのだからな。それに見張りが常についているので泳ぐしかないのだよ、わかったか?」
―――御岬廻りとはただ泳ぐだけの祭りなのか?それにしてもそれだけだったら泳げばいい話じゃないか、なのにこの男達の表情はおかしい。これは絶対に裏があるぞ・・・何があっても真相をつきとめてやる・・
宗蔵がなにやら矢と水を取り出した、何か始めるつもりだろうか。
―――ん、中から年老いた女性が出てきたぞ。巫女のような格好をしている
その女性は宗蔵から矢を5本受け取ると矢に水をかけてなにやら唱え始めた。
―――お清めでもしているのだろうか・・・
矢のお清めが終わったらしい、女性が宗蔵に矢を渡した。
「境内の好きなところへ行け、ただし逃げるなよ。逃げた場合はその場で矢当雄に決定だからな」
「さて、もういいだろう・・始めるぞ・・」
「ハッ!」
宗蔵が空に向けて矢を放った、きっと矢が当たった者が「矢当雄」となり泳ぐことになるのだろうか・・・・・
コン・・・
矢が男に当たったようだ、当たった男の所に宗蔵の部下が3人行き手を縄で縛って社に連れて行かれている、男は恐怖で声も出ないようだ。
あるものは泣き叫び、あるものはその場に立ちすくみ、またあるものは観念したのか何事も無かったように社に入っていった・・
こんな調子で前夜祭は終了したが、彼には納得できなかった。
―――なぜ、泳ぐだけの行事でこんなに厳重に矢当雄と呼ばれるものを監禁するのだろうか・・・絶対に真相を突き止めてやる、これはすごいスクープだぞ!
そう思いながら、彼は羽鳥岬に向かった。これから何が起こるかも知らずに・・・・・